★かつてはUnitやHat Hutからの諸作でエッジの効いた持ち味を発揮し、最近はECMの看板スターの一人として人気を得ている進取性に富んだスイスの個性派ピアニスト:コリン・ヴァロン(1980年スイスのローザンヌ生まれ)の、7年ぶりのリーダー・アルバムとなる本盤は、ピアノ・トリオによる自作曲集。録音エンジニアはステーファノ・アメーリオ。
★折り目正しくデリケートでちょっと冷涼、そして透明感と仄かな陰影が微細に表裏を成す感じの端麗クリアー・タッチのピアノが、現代ヨーロッパ耽美詩情派の正統らしいアンニュイ&センシティヴかつリズミカルな物憂きロマンティック・プレイを、一定の軽やかさと慎重さをもって丹念に綴って瑞々しくも幽遠なる魅力を揮い、極めて敏感にこれに呼応するドラム&ベースのニュアンスに富んだサポートもグルーヴィー&サスペンスフルに鋭く妙味を際立たせた、トータルとしては幾分メディテイティヴでメランコリックな内なる襞(ひだ)の一つ一つを掬い取ってゆくような奥行きある情景描写力に得難い非凡さを見せた、悲しく寂しくどこか儚げな好演内容。
★歌心と律動的ノリのよさを重んじるも、それと同等ぐらいに摺り足でじっくりトグロを巻く(或いは無重力っぽく宙をたゆたう)が如き浮遊感に満ちたスペイシー・インタープレイの理念にも主眼の置かれた、哀愁豊かで薫り高いが決して甘くない、アウトラインとしては心象風景の推移変遷を機微濃やかにスケッチしてゆく(もしくはロンリーな吟遊詩人の素描的旅唄のようでもある)風な、一種の内省文学指向っぽいヨーロピアンならではそしてこのECMレーベルならではの仄暗いビタースウィートなリリカル奏演、が独特の軽みを伴いつつ流麗に展開され、1曲1曲はわりかし簡潔めにまとめられたテンポよく進む遊泳的道程の中で、シャープなシンバル使いが卓抜のサトリウス(ds)や結構スピリチュアルに歌いウネるモレ(b)に上手く触発される恰好で、ヴァロン(p)の精細で深遠な行間含蓄十二分のアドリブ妙技が典雅に冴え渡って、聴いているこちらは思わず吸い込まれる思いだ。
→恐らくバップやブルースとは最も遠いところにあると思えるこのユーロ系の典型を示したピアノの、憂さや哀切さに溢れながら節度と気品を保って控えめに情緒を描き出す、常に力は八分目、腹も八分目でサッと引き揚げてゆき後には幽玄めいた余韻が残る、という誰にも似ていない詩的浪漫の体現のあり様には、程無く消えてゆく朝露の煌めきの如き殊の外清新で刹那的な蠱惑性を強く感じる。
1. Racine
2. Mars
3. Lou
4. Ronce
5. Étincelle
6. Timo
7. Samares
8. Souche
9. Brin
Colin Vallon (piano, electronics)
Patrice Moret (double bass)
Julian Sartorius (drums)
2023年6月,7月スイス-ルガーノのAuditorio Stelio Molo(オーディトリオ・ステリオ・モロ) RSI録音
*engineer:Stefano Amerio
2024年作品
Cover photo Woong Chul An
Liner photos : Nicolas Masson
Design : Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher
レーベル:
ECM
在庫有り
輸入盤スリーヴケース仕様CD