CATFISH RECORDS

巨匠と歩む夢の回廊　40年を越えるキャリアの果てに辿りついたニルヴァ－ナ、時の流れの間（はざま）からすべり落ちた煌めく音の群れ。ユルトルジェ入魂のピアノソロ。様々な表情を見せながら、幻想的なイメージに統一されたアルバム。

ルネ・ユルトルジェ。半世紀近くに亘り、名実共にフランスのトップ・ジャズ・ピアニストであり続けている。バド・パウエルの信奉者として出発しながら様々なスタイルを消化吸収して独自の境地を築き上げてきた。もはや巨匠であろう。その彼が老境にさしかかって、はじめて全曲ピアノ・ソロで演奏した注目の新作をお届けする。

曲目から想像していくと、このアルバムは「夢」に絡まるものであるようだ。組曲のような構成を持ち、愛らしい曲、淋しげな曲、快活な曲と様々な表情を見せながら全体としては幻想的なイメージに統一されている。それはあたかもユルトルジェとともに彼の夢の断片を拾い集める小さな旅のようだ。決して派手な演奏ではないし、リスナーを圧するような迫力とも無縁だが、聴きこむほどに新たな扉を開くような深い味わいがある。これは長らく音楽と共に生きてきた者のみが作り出すことの出来る世界ではあるまいか。BGMとして流しているうち知らず知らず引き込まれるという体験をする方もいることだろう。ジャズそのものでありながらドビュッシーの「前奏曲集」を想起させたり、音楽をインテリアとして捉えたサティの影を感じさせたりするこの作品は、恐れずに言うならばフランス印象派の伝統につながるものとさえ思う。

ユルトルジェの音楽に対する愛情に溢れ、同時にまた聴き手の愛着にも応え続けていくに違いない一枚。まさに逸品、である。

Text by 北見 柊